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私とエレクトーンの出会い

わたし

昔話です。

 

先日、母のワクチン3回目と糖尿病の通院の付き添いでした。

ワクチンと通院の間に久しぶりに一緒に外食。

のんびりできました。

 

 

その時ふとエレクトーンを買った時のことを聞いてみました。

 

 

 

私は3歳から高2までエレクトーンを習っていました。

 

当時住んでいた団地の集会所でヤマハがエレクトーンの展示販売をし、

我が家はその日、その近辺で行われていたビアガーデンに行ったそうです。

(父が吞みたかっただけだな、完璧に)

 

父はエレクトーンの展示販売を見てえらく気に入り

「これからはピアノじゃなくてエレクトーンだ!」

と購入を決めたらしい。。。

 

え…ビアガーデンに行ってエレクトーン買ったの?

なんて迷惑な。

母もよく納得したなw

 

購入したのは「B」シリーズ、なつかし~!歳ばれる~w

レバーも少なくて操作は簡単なやつ。

 

多分そこで先生を紹介されたんだと思う…と母。

同じ団地内の先生の自宅に毎週通っていました。

 

今思うと本当にただ弾くことを教えてくれてたという…

あ、ソルフェージュはやってたな。

 

おかげさまで早い段階から初見で弾けるようにはなりました。

小学校1年生の時には担任の先生の代わりに足踏みオルガンで伴奏したりして。

(あの先生ピアノ苦手だったんだろうな~と今更わかるw)

 

コードの仕組みとか全く教わらず、そして自分でも気づかず、すべて暗記という。

よくそんなんで10何年もやってたな。

 

しかもヤマハのグレードを絶対に受けないと言い続けた私。

それは覚えていたのだけれど

 

「〇〇(地名)のヤマハでみんなの前で弾いたらグレード受けなくていい」

と言われ大勢の人の前で演奏した

 

ということは全く覚えていない。

先生が「〇〇ちゃんよくがんばったわ~」と母に話したそうで

でもなんでそうなったのか、は母も覚えていないw

 

 

はじめてグレードについて聞かされた時、

「自由に弾く」

という課題があると知りました。

 

実は私はコレが大の苦手。

譜面がないとどうしたらいいのかわからないのです。

 

「好きに弾いていいのよ~」と先生は言うけれど

それができない。

つくづくアーティストには向いていないと思う。

いや、なる気なかったけど。

 

実際アドリブというものの存在も理解しておらず

ギタリストのソロのアドリブを忠実にコピーして弾いていたっけ。

で、次に聞くと違うフレーズ弾いてて唖然www

だってアドリブだから。

と今なら笑えるけど子供のころはよくわかってなかったから

この前と違うーーー!!!と軽く憤慨しておりましたwww

 

要するに頭が固いんだな。

 

コレ何かにつけてそうかもな~。

歳と共に少しずつ柔軟になってきたような気はしてるけどどうかな。

 

 

私の父はアルコール依存症で、そう気づいたのは私が中学生くらいかな。

だんだん会社に行かなくなって1日中布団の上でウイスキー飲んでました。

ウイスキーのポケット瓶を買いに行かされるのがいやでいやで仕方なかった…

これに関しては数限りなく逸話があるけれど今回は省略。

 

ただ私はお酒を飲んでいる父が好きではなく…

ほとんど口もきかず

「なんでお母さんは離婚しないんだろう」

とすら思っていたんです。

 

そして分かり合えないまま父は亡くなりました。

享年53歳。

 

 

私にエレクトーンを買ってくれたこと。

私に音楽を与えてくれたこと。

 

 

これだけは父に感謝しています。

 

いつか空の上で再会したらその時はお礼を言おう。と思っています、今は。

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